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ときどき英語 / ときどき日本語 / 日記

報告

3月20日、栗林の遺体安置所にて父の遺体と対面できました。


我々が釜石に向かう前日、自衛隊の皆さんの手によって発見されたそうです。
まるで我々が釜石に来るのを待っていたかのようなタイミングでした。
もったいつけて、ちょっと遅れて顔を出すなんて、それはそれで父らしいのかもしれません。


発見場所は片岸の実家から鵜住居川の上流側に数百メートル上がった所だそうです。
おそらく、津波によって押し上げられ移動したのだと思います。


もう会えないかもしれない、と覚悟していただけに、もう一度父の顔を見ることができて正直安心しました。
その顔は安らかで、少しはにかむような、照れ笑いを隠そうとしているような、穏やかな表情でした。


腕時計、携帯電話、デジタルカメラを身につけていたらしく、警察の方から遺品として受け取りました。
携帯電話には孫達の写真が入ったキーホルダーがついていました。
最期、家族の顔を見ていたのかも知れない。
見れなくても、その写真に手を触れたかも知れない。
そう思っています。


ここに書くべきかどうか迷いましたが、
ツイッターや各種掲示板などで当時を知るための情報提供にご協力いただいた方々への感謝の意味もこめて、以上の通りご報告させていただきます。
なによりも私自身の記録、記憶のためにもここに書かせていただきました。


これまで私たちを見守ってくれた父への感謝と敬意をこめて。